「仕事を変わりたい」と考えている働き手は、日本におよそ1,000万人いるそうです。総務省の労働力調査、2024年平均の数字です。同じ調査で、実際にその年に転職した人は331万人でした。
二つの数字を並べると、あいだに大きな空白が見えます。1,000万人のほうには「いつかは」「いまの仕事のほかにも」と考えている人まで含まれるので、単純に引き算して読む数字とは違います。それでも、辞めたい気持ちの多くが、辞めたいまま年を越していることは読み取れます。
辞めたい気持ちを抱えたまま月曜日を迎えるのは、それくらい、ありふれたことです。では、その長い足止めのあいだ、心の中では何が起きているのでしょうか。
「もったいない」の中身
三年続けた研究。五年勤めた会社。長くやってきた部活でも、資格の勉強でも、かたちは違っても同じことが起きます。やめる話になった途端、「ここまでやったのに」という声が、まず自分の中から聞こえてくる。
とくに研究室のように、過ごした時間がテーマの蓄積とそのまま重なる場所では、この声は大きくなります。三年分の実験ノートやデータを前にすると、これからの進路の話が、気づけば「積み上げを捨てるかどうか」の話にすり替わってしまう。本当に決めたいのは前者だったはずなのに。
経済学には、すでに払って戻ってこない費用を指す、サンクコスト(埋没費用)という言葉があります。教科書的には、戻らない費用は「これからどうするか」の判断から外すのが合理的だ、とされています。
ただ、この理屈を知っていても、人はそう簡単に動けるようにはなっていません。かけた時間は、費用というより、記憶だからです。捨てる・捨てないの計算には、うまく乗らないようにできています。
「もったいない」は、計算の言葉の顔をした、感情の言葉です。
編みかけのマフラーを、三年持ち歩いた話
編集部の一人に、こんな覚えがあります。大学一年の冬に編みはじめたマフラーを、完成しないまま、引っ越しのたびに段ボールへ入れて、三年間持ち歩いたそうです。編み棒に通ったままの、半分だけのマフラー。毛糸は、からし色。段ボールを開けるたびに目に入って、そのたびに、編みかけのままの時間が一緒に出てきます。ほどけば毛糸に戻ることは分かっている。それでも、あの何十時間かが消える気がして、手が止まる。
編みかけのものが持つ引力は、強い。編み目の数だけ、そこに時間が見えるからです。厄介なことに、編めば編むほど、この引力は増していきます。
辞めにくさは、意志の弱さの問題というより、編み目の量の問題です。長く続けた人ほど動けないのは、真面目に編んできた証拠でもあります。
声の多い場所では、自分の声が小さくなる
やめるかどうか迷っているとき、耳に入る言葉は増えます。「もったいない」「ここまでやったのに」「みんな続けている」。家族や先輩の声もあれば、自分で自分に言い聞かせている声もあります。
どの声も、たいていは心配から出ています。悪意の混ざったものは、思うほど多くありません。ただ、声が増えるほど、いちばん小さな声、つまり「自分はどうしたいか」が聞き取りにくくなります。
それに、「みんな続けている」の「みんな」を、数えたことはあるでしょうか。思い浮かべてみると、顔が出てくるのはせいぜい数人です。辞めたい気持ちを抱えた人が1,000万人いる国で、「みんな平気で続けている」は、分母の取り方がだいぶ偏った話です。
もちろん、聞く価値のある声もあります。長く見てきた人の心配には、自分では見えない角度が含まれていることがあるからです。ただしそれは、次の一段をどう編むかの参考です。編むか、ほどくかを最後に決める声とは、別のものとして扱えます。
動けない日が続くと、「決められない自分」を責めたくなります。でも、騒がしい部屋で小さな音が聞こえないのは、耳のせいでしょうか。
じゃあ、ほどくのが正解?
ここまで読むと、「思い切って辞めるのが正しい」という話に見えるかもしれません。そうとも限らない、というのがこの話の続きです。
毛糸にほどいて編み直したほうがいいときもあれば、そのまま編み進めて、完成させたほうがいいときもあります。分かれ目を知っているのは、編んでいる手のほうです。
同じ問いを、YouTubeでは朝の電車のたとえで、4分ほどの動画にしています。あわせてどうぞ:辞められないは嘘かもしれない(こっそりカフェ公式)
続けるにせよ、やめるにせよ、分かれ目になるのは「これは選び直したものか」です。昨日と同じ場所、同じ毛糸でも、「今日も自分はこれを編む」と決め直した日から、それは編まされているものから、編んでいるものに変わります。
ほどく側にも、同じ問いは効きます。「向き合いたくないから、ほどく」を繰り返すと、どの編み物も途中で毛糸に戻って、手元には始まりだけが増えていきます。ほどく自由と、ほどき癖は、外から見るとよく似ています。見分けるための質問は、どちらも同じです。それは、自分の声かどうか。
余裕のある日の、確かめ方
余裕のある日にだけ、試せる確かめ方があります。いま続けている理由を、声に出して三つ言ってみる。それだけです。
紙に書くより、声のほうが向いています。書くと、体裁を整えられてしまうからです。とっさに口から出た三つのほうが、いま手を動かしている本音に近い。
三つとも「せっかく」「いまさら」「周りが」で始まったら、その編み棒を握っているのは、過去と他人かもしれません。逆に、一つでも「この部分は好きだ」「これの続きが見たい」が混ざっていたら、編みかけを続ける理由は、もうあります。
うまく三つ出てこない日は、それも答えの一部です。数えられないほど疲れている日の大きな決断は、また今度で間に合います。
ほどいた毛糸は、消えない
冒頭の1,000万人に戻ります。あの数字が示しているのは、辞めたいと思うこと自体が、働く時間のごく普通の一部だ、ということです。編みかけを抱えたまま季節が変わっていく人が、それだけいます。
そしてもう片方の331万人は、実際にほどいた人の数でもあります。毎年、数百万の単位で、誰かがほどいて、編み直している。ほどくことは、統計の上でも特別な事件ではないわけです。
そして、もし、ほどくほうを選んだとしても。あの編みかけのマフラーは、四年目の春にほどかれて、鍋つかみになったそうです。編み目は消えましたが、毛糸は消えませんでした。手が覚えた編み方も、残りました。
ちなみにその鍋つかみは、いまも実家の台所で現役だそうです。マフラーとしては未完成のまま終わり、道具としては長く働いている。かけた時間の行き先は、ときどき、編みはじめに想像したのと違う場所で見つかります。
三年が無駄になることを恐れて動けない夜に、思い出したいのはここです。かけた時間は、続けても、ほどいても、あなたの中に残ります。
編みかけのまま、話しに来ていい
「辞めます」も「続けます」も決まっていない、編みかけの気持ちのままで、かまいません。
こっそりカフェは、そんな気持ちを匿名で、無料で話せる場所です。叱ったり、こうしなさいと導いたりするためではなく、ただ、あなたの話を聞くために、学生の相談員がいます。すぐにお返事できないこともありますが、言葉にしてみたくなったときに、そっと開いてもらえたらと思います。うまくまとまっていなくても、「辞めたいのかどうかも、まだ分からない」だけでも大丈夫です。
もし、いますぐ誰かに助けてほしい、つらくて限界だ、というときは、よりそいホットライン(0120-279-338、24時間・無料)など、すぐに話せる窓口も遠慮なく頼ってください。




