独りの時間が増えている理由
「人と会う時間が、前より減った気がする」。そう口にすると、気のせいですよ、歳を重ねればそういうものです、と返されることが多いようです。感覚の話として受け取られて、そこで会話が終わる。ただ、総務省の統計を開くと、この感覚には数字の裏づけがありました。
波打ち際に立っているとき、潮が満ちてくる瞬間そのものは、目で追いにくいものです。ふと足元を見ると、さっきまで乾いていた砂が濡れている。あとから気づく類の、静かな変化。生活時間の変わり方にも、これに似たところがあります。
その49分は、どこから来たのでしょう
総務省統計局の「令和3年社会生活基本調査」(令和4年8月31日公表)という資料があります。総務省が全国の人を対象に、5年に1度たずねている調査で、暮らしの中の時間の使い方を細かく記録したものです。
この中に、「一人でいた」時間という項目があります。睡眠を除いた生活時間のうち、誰とも一緒にいなかった時間。2016年には1日あたり5時間06分でした。それが2021年には5時間55分。5年間で、49分の増加です。
49分。ドラマを1本観られるくらいの時間です。
この時間は、1週間ぶんをならした「週全体平均」の数字です。特別に忙しかった1日や、逆に何も予定のなかった1日だけを切り取った値ではなく、暮らし全体の傾きとして出てきた49分、ということになります。
注目したいのは、これが特定の世代に限った動きかどうか、という点です。調べてみると、10〜14歳から75歳以上まで、全ての年齢階級で「一人でいた」時間が増えていました。どの世代の線を見ても、同じ方向を向いています。中でも増加幅が最も大きかったのは25〜29歳で、1時間21分の増加でした。学生から社会人へと生活が切り替わったあとの数年に、いちばん大きく潮が動いたことになります。
家族といる時間も、職場や学校の人といる時間も、減っていました
一人の時間が満ちてくるあいだ、引いていった時間もあります。
「家族と一緒にいた時間」は、10〜14歳を除く全ての年齢階級で減少しました。減少幅が特に大きかったのは、25〜39歳と55歳以上の層です。
「学校・職場の人と一緒にいた時間」も、10〜14歳から55〜59歳までの全ての年齢階級で減っています。最も大きく減ったのは20〜24歳で、その幅は1時間9分。ちょうど、学校を出て働きはじめる頃です。同級生とも同僚とも過ごす時間が、この世代でいちばん引いていました。
数字を並べると、同じ景色の別の面が見えてきます。一人でいた時間が増えたぶん、誰かと一緒にいた時間がどこかで細っている。言われてみれば当たり前のようでいて、それがほぼ全世代で同時に起きていた、というのがこの調査の示すところなんです。
交際・付き合い、7分の減少
もうひとつ、「交際・付き合い」という項目があります。人とのつきあいそのものに使う時間です。
こちらは2016年から2021年にかけて、週全体平均で7分の減少。男女とも減っています。男性は0.15時間から0.08時間へ、女性は0.19時間から0.12時間へ。7分と聞くと小さく思えますが、もともとの時間が短いので、男性ではおよそ半分の水準になった計算です。1日あたりに直すと数分の話でも、もとの数字が小さいぶん、下がり方の割合としては大きく出ます。
しかもこの項目は、2001年から2021年までの20年間を通して、一貫した減少傾向にあります。5年ごとの調査のたびに、同じ向きへ動いてきた数字。今回だけの波というより、長く続く引き潮のような動きです。
この続きは、動画でも別の角度から眺めています。住まいという、また別の数字を使って。同じ潮の動きを、違う岸から見るような回になっています。
この数字、そのまま信じていいのでしょうか
ここで、立ち止まりたいことがあります。
2021年の調査が、いつ行われたか。この調査は、新型コロナウイルス感染症のいわゆる第5波の拡大後、「まん延防止等重点措置」が2021年9月末に全地域で終了・解除された、その直後に実施されました。
つまり、数字には時期の事情が乗っています。三密を避ける暮らしが日常になり、勤務にも行動の制限がかかっていた。その影響が、2016年との比較に反映されている可能性がある。統計局自身が、そう注記しています。
だから、「一人の時間が増えたのは、暮らし方そのものが恒久的に切り替わった証拠だ」とも、「一人の時間が増えた結果、孤独になった」とも、この数字だけからは言えません。測っているのは時間の使い方であって、孤独感や幸福度はこの調査の外側にあります。
49分の増加は、事実。ただ、その理由までは、この資料に書かれていない。この区別を保ったまま、次に進みます。
原因は、まだ空白のままです
「原因は特定されていない」と聞くと、頼りない結論に思えるかもしれません。でも、空白を空白のまま持っておくことには意味がある、と私たちは考えています。
理由の欄が空いていると、埋めたくなるのが人の常です。スマホのせい、働き方のせい、時代のせい。どれももっともらしく聞こえますが、この調査はそのどれについても答えていません。埋めてしまえば話は早いんです。ただ、埋めた瞬間に、事実と解釈の境目が消えます。
この調査の概要を最初に読んだのは、夜でした。画面の明かりだけがついた部屋で数表を追っていて、49分という数字のところで手が止まったのを覚えています。増えたのか、と思ったのと同時に、「なぜ」の欄がどこにも用意されていないことが、妙に印象に残りました。
潮位の記録は、満ち引きの高さを教えてくれます。ただ、なぜ今日の潮がいつもより高いのかは、記録だけを見ていてもわかりません。月の引力なのか、風なのか、たまたまなのか。数字を信じることと、数字に書かれていない理由まで信じることは、別の作業です。
一人の時間が増えた。それ自体を、良いとも悪いとも決めずに、まず事実として眺める。評価を急がない読み方が、この統計にはいちばん合っている気がします。
原因の欄を空けたまま置いておくと、落ち着かない人もいると思います。理由がわからないまま数字だけ渡されるのは、たしかに座りが悪いものです。ただ、わからないことをわかったふりで埋めるより、わからないままの形で持ち歩くほうが、あとになって扱いやすいことも多いはずです。次に新しい調査結果が出たとき、今回の49分と静かに比べてみる。今のところは、それくらいの向き合い方でちょうどいいのだと思います。
満ちてきた時間を、一人で眺めているなら
同じ49分でも、静かで助かると感じる人もいれば、岸がだんだん遠くなっていくように感じる人も、きっといるでしょう。どちらの感じ方にも、統計は優劣をつけていません。感じ方の側は、数字の外で、それぞれの波打ち際に残ります。
こっそりカフェは、そんな気持ちを匿名で、無料で話せる場所です。叱ったり、こうしなさいと導いたりするためではなく、ただ、あなたの話を聞くために、学生の相談員がいます。すぐにお返事できないこともありますが、言葉にしてみたくなったときに、そっと開いてもらえたらと思います。うまくまとまっていなくても、『気づいたら、一人の時間ばかりが満ちていて、少し心細い』だけでも大丈夫です。
出典: 総務省統計局「令和3年社会生活基本調査 生活時間及び生活行動に関する結果」結果の概要(令和4年8月31日公表)
対応する動画はこちらです。




