SNSで言葉が変わったと感じる人が9割いる
夜中、布団の中で返信を打っていて、ふと指が止まりました。「り」と打った画面のすぐ上に、「りょ」が最初に並んでいる。数年前までは「了解です」が出ていた場所です。予測変換の候補欄は、よく使う言葉ほど上に並び替わっていく仕組みなので、あそこに映っているのは、いわば自分の言葉の履歴なんです。
画面の明るさだけが顔を照らす部屋で、指はしばらく宙に浮いたままでした。「りょ」の下には、たぶんもう「了解」は出てこない。もっと使えば、いつか「り」の一文字だけでも変換候補の一番上に出るようになる、という気がします。そう思うと、候補欄というのは自分の記録係のようなもので、こちらが何も申告しなくても、勝手に採点をつけているような気がしてきます。
いつの間に、入れ替わったんだろう。
同じような瞬間に心当たりのある人は、案外多いようです。文化庁が毎年行っている「国語に関する世論調査」の令和6年度版に、ちょうどこの感覚を数字にしたような結果が載っていました。今日はその数字を、候補欄を上からたどるように眺めていきます。
なお、この話はYouTubeの動画(https://youtu.be/e-lP7kGFvro)でも少し違う切り口で扱っています。動画のほうは「LINEなどのSNSが、この10年でどの世代にも広がった」という別の統計から候補欄を眺める回です。よければあわせてどうぞ。
9割という数字の中身
この調査は、全国の16歳以上の人を対象に郵送で行われ、3,498人が回答したものです(2025年1月〜3月実施)。その中に、SNSの利用が言葉や言葉の使い方に影響していると思うか、という質問があります。
結果は、「大きな影響があると思う」が37.8%、「多少影響があると思う」が51.5%。合わせて89.3%の人が「影響があると思う」と答えました。
タイトルの「9割」は、この89.3%のことです。
反対側も見ておくと、「あまり影響はないと思う」は8.5%、「まったく影響はないと思う」は0.6%でした。影響を感じていない側は、合わせても1割に届きません。候補欄の並びが変わったことに、これだけ多くの人が気づいている。まずここが出発点です。
3,498人という回答者の中に、もし夜中に「りょ」の並びに気づいた人が何人かいたとして、その人たちはきっと迷わず「大きな影響がある」の欄に丸をつけたはずです。逆に、候補欄をあまり見ない人にとっては、この質問自体、実感が湧きにくかったのではないでしょうか。同じ調査用紙の同じ質問に、まったく違う実感で丸をつけている人たちがいる。数字の内側には、そういう幅があります。
増えたのは、まず略語でした
では、具体的に何が変わったと感じられているのか。影響の中身を尋ねた項目では、「略語が増える」を挙げた人が80.1%で最多でした。冒頭の「りょ」は、まさにこれです(「りょ」どころか「り」だけで済ませる人もいると聞いて、少しひるみました)。
続くのが「言葉の新しい使い方や新しい言葉が増える」で76.9%。「仲間内だけで通じる言葉が増える」が45.1%、「絵文字等の使用が増える」が35.9%と並びます。
上位ふたつは8割・7割台。つまり、変化の実感としていちばん広く共有されているのは、「言葉が短くなること」と「新しい言葉が生まれること」だ、と読めます。
ただ、並んでいる四つの数字をよく見ると、二位と三位のあいだに30ポイント以上の落差があります。76.9%から45.1%へと一段落ちて、そこから35.9%へもう一段落ちる。略語や新語は誰の生活にも入り込んでいるけれど、「仲間内だけの言葉」や「絵文字」は、そこまで広く共有されている実感ではない、ということなのだと思います。同じ「変化」という括りの中にも、濃淡があるわけです。
短い言葉でのやり取りが増える、が73.1%
言葉そのものに続いて、使い方の変化も聞かれています。最多は「短い言葉でのやり取りが増える」で73.1%。「十分に吟味されないまま使われる言葉が増える」が67.2%、「世代間の言葉の使い方の違いが大きくなる」が64.4%でした。
さらに、「相手への思いやりに欠けた言葉づかいが増える」が48.9%、「年齢や立場などを気にしない言葉づかいが増える」が43.2%、「書くときも話し言葉のような言葉づかいが増える」が42.1%と続きます。
一覧にすると、ずいぶん手厳しい項目が並んでいるように見えます。ただ、これはあくまで「そういう変化があると思うか」への回答です。調査自体は、その変化が良いか悪いかを判定していません。並び替わった候補欄を前に、多くの人が「短くなった」「速くなった」「世代でずれてきた」と感じている。数字が言っているのは、そこまでです。
六つの項目を上から並べてみると、73.1%から64.4%までの上位三つは半数を大きく超えていて、48.9%以降の下位三つは半数付近か、それを下回っています。「短くなる」「吟味されなくなる」「世代でずれる」という、言葉の速度やすれ違いに関する実感のほうが、「思いやりに欠ける」「立場を気にしない」といった、言葉づかいの丁寧さそのものに関する実感より、少しだけ広く共有されている。数字を並べ替えるだけで、そういう傾きが見えてきます。
感じている、と、変わった、は同じだろうか
ここで一度、数字の分母を確かめておきたいんです。
この89.3%は、「影響があると思うか」という自己申告の認識であって、録音や文章から実際の変化量を測ったものではありません。体感の統計、と言ってもいいと思います。
しかも分母は、SNSを使っている人に限られていません。同じ調査でSNSを「利用している」と答えた人は74.8%、「利用していない」は24.9%。さらに、不特定多数に向けて投稿を「行っている」人は22.2%で、「行っていない」人が76.1%を占めます。9割の中には、外から眺めて「変わったように見える」と感じた人の分も含まれている、ということです。
体感は体感として、とても興味深い数字です。ただ、「9割が変化を感じている」と「言葉が実際にそれだけ変わった」のあいだには、はっきり距離があります。候補欄の並びは人によって違うのに、遠くから見た印象は重なる。この調査が写しているのは、その重なりのほうなんです。
見ているだけの人の候補欄
投稿している人が2割強、という数字は、個人的にいちばん想像がふくらんだところでした。多くの人は、書くより読むほうの利用者だということになります。
画面をスクロールしながら、指は止まったままです。それでも目は流れてくる言葉を一つずつ追っていて、気に入った言い回しや、なんとなく馴染んだ略語だけが、頭のどこかに残っていく。書かなくても、選んではいるわけです。
読む側にも戸惑いはあるようで、不特定多数への投稿について戸惑うこととしては、「情報が本当かどうか判断しにくい」を選んだ人が51.1%と最多でした。流れてくるたくさんの言葉のうち、どれを拾って自分の候補欄に入れるか。書かない人も、その選択には毎日参加しているわけです。
候補欄の並びは、読んで選ぶ側の指でも動いているのだと思います。書く2割の人が言葉を差し出し、読む8割の人がそこから何かを拾い上げる。数字の上ではそう分かれていても、候補欄という場所では、両方の指の跡が同じように積み重なっていくのだと思います。
いちばん上に何を出すか
候補欄は、勝手に並び替わっているようでいて、もとをたどれば自分が打った言葉の積み重ねです。「りょ」が上に来たのは、それだけ「りょ」で足りる相手とのやり取りがあったから。逆に、久しぶりに長い文章を打とうとすると、変換がもたついて、指のほうが戸惑うこともあります。
言葉が変わっていくこと自体を、この調査は良いとも悪いとも言っていません。残るのは、9割の人が並びの変化に気づいている、という事実です。
だから、もし最近、自分の打つ言葉がなんだか自分のものじゃない気がして落ち着かないなら、それはひとりだけの感覚というより、9割が共有している感覚の一部なのだと思います。気づけているということは、自分の候補欄を、まだちゃんと見ているということでもあるので。
打っては消して、いちばん上にどの言葉を出せばいいのか決めかねる夜は、誰にでもあると思います。こっそりカフェは、そんな気持ちを匿名で、無料で話せる場所です。(叱ったり、こうしなさいと導いたりするためではなく、)ただ、あなたの話を聞くために、学生の相談員がいます。すぐにお返事できないこともありますが、言葉にしてみたくなったときに、そっと開いてもらえたらと思います。うまくまとまっていなくても、「候補のいちばん上に、自分の言葉が出てこない」だけでも大丈夫です。




