有給休暇 過去最高でも取れない人がいる
有給休暇、今年も使い切れなかった
「有給、残ってますよね。今期中に消化をお願いします」。そう声をかけられて、「はい、調整します」と返しながら、内心では困っている。いつ出せばいいんだろう。カレンダーを開いて、この週は会議、この週は締め、と消していくうちに、気づけば候補日のほうが先に尽きている——。
そんな独り言を、毎年この時期にどこかで聞く気がします。
もらったのに、使いそびれる。この感じは、引き出しの奥にしまった商品券に似ています。せっかくの券だから、いい場面で使いたい。そう思って出番を選んでいるうちに、気づけば期限の日付のほうが近づいてくる。誰かに取り上げられたわけでもないのに、手元で静かに、ただの紙に戻っていく券。
三月の夕方、青白い画面のなかで残日数の欄だけが目に入る。その画面を閉じて、また明日の会議の準備に戻っていく。
これは、意志が弱いとか、要領が悪いとかいう話ではないはずです。少なくとも、有給休暇の統計を見ているかぎり、似たようなことは全国のあちこちの引き出しで起きているらしいのです。
取得率は、2年連続で過去最高でした
まず、全体の数字を確かめておきます。
厚生労働省の「就労条件総合調査」によると、令和5年の年次有給休暇の取得率は65.3%。前年の62.1%から上がって、昭和59年の調査開始以降で最も高い水準になりました。さらに令和6年分では66.9%となり、2年連続で過去最高を更新しています。日数で見ると、令和5年分は労働者1人平均で付与16.9日・取得11.0日、令和6年分は付与18.1日・取得12.1日。政府が掲げる「令和10年までに70%以上」という目標にも、じわじわと近づいている数字です。
ここでひとつ、読み方の注意を。この調査の対象は「常用労働者30人以上の民営企業」です。30人未満の会社で働く人、個人事業主、公務員は、この65.3%や66.9%の分母に入っていません。「日本で働く人みんなの取得率」と読むと、実際より広く見積もりすぎることになります。
それでも、同じ条件で測り続けてきた調査のなかでの、2年連続の最高更新。「有給は、前より取られるようになっている」。ここまでが、この数字から言える明るい側の要約です。
調査そのものは毎年行われていて、令和5年分の前の年は62.1%でした。62.1%→65.3%→66.9%と、確認できている3つの数字が、同じ向きに並んでいます。1年だけの跳ね上がりではなく、少なくとも直近の3年分は、同じ方向を向いて動いてきたということになります。
まん中の会社が、いちばん低いという表
その明るい数字の内側に、意外な表が挟まっています。企業規模別の取得率です。
令和5年分を、規模の大きい順に並べてみます。
- 1,000人以上:67.0%
- 300〜999人:66.6%
- 100〜299人:62.8%
- 30〜99人:63.7%
上から下へ、きれいな坂になって下がっていく。そう思って眺めると、途中でひっかかります。いちばん低いのは、いちばん小さい30〜99人の区分ではありません。100〜299人、つまり4区分の「まん中」なんです。
大企業ほど高く、小さな会社ほど低い。そういう素直な坂を想像していた人にとって、この表は少し不思議な形をしています。100人台から299人までの、ちょうど中間にあたる規模の会社で、取得率がいちばん沈んでいる。
たとえば、社員120人の会社と、社員40人の会社。どちらが休みを取りやすそうかと聞かれたら、120人のほうを選ぶ人が多そうな気がします。けれど表の上では、その120人側の区分が、40人側より1ポイント近く下にいるわけです。
大きければ安心、小さければ厳しい。そんな単純な二択には、この4つの数字はきれいに収まってくれないようです。
なぜ、100人から299人なのでしょう
先に結論を置きます。理由は、資料に書かれていません。
「中間の規模には、中間の事情がありそうだ」。そんな説明を足したくなります。実際、頭の中ではいくつでも仮説が浮かびます。ただ、この調査が出しているのは規模別の取得率という結果までで、その背景は調べていません。だからこの記事でも、原因の話は書かずにおきます。もっともらしい理由をひとつ添えるだけで文章は締まるのですが、その一文が、出典のない断定になるからです。
わかっているのは、まん中がへこんでいるという並びそのものだけです。理由を埋めたくなる気持ちごと、いったんここに置いておきます。
ちなみに、この調査には規模別のほかに産業別の集計もあって、そちらはそちらで別の凸凹をしています。YouTubeの「こっそりカフェ」の動画では、その業種ごとのデータをまた別の角度から扱っているので、気になる人はそちらをどうぞ。具体的な数字は、ここには並べず動画に譲ります。
資料が教えてくれるのは、ここまでです
ここまでで分かっている数字を、並べ直してみます。全体の取得率は65.3%から66.9%へ、2年連続で過去最高。企業規模別では、100〜299人の区分が62.8%でいちばん低い。調査の対象は常用労働者30人以上の民営企業。政府の目標は令和10年までに70%以上。資料から言えるのは、おおよそここまでです。
もうひとつ、引き算をしておきます。令和6年分は、付与18.1日に対して取得12.1日でした。単純に引けば、平均でも6日分の券が、使われないまま残っている計算になります。過去最高を更新した年でさえ、平均像の引き出しには、まだ何枚かの券が眠っている。
取得率という数字の明るさと、残った日数の重さ。その両方が、同じ一枚の表の中に同居しています。
片方だけを見て「もう十分に取れている」と結論づけるのも、もう片方だけを見て「まだ全然足りない」と結論づけるのも、たぶんどちらも急ぎすぎです。過去最高の年でも、引き出しの中身がすべて空になったわけではない。そのくらいの温度で、この数字とは付き合っておきたいと思っています。
それでも「使えない」の中身は、資料には書かれていません
取得率は、取れた日数を付与された日数で割った数字です。割り算の外側にあるもの——申請するときの気持ち、職場の空気、言い出すタイミングの難しさ——は、この調査のどこにも出てきません。
だから、「取得率が上がった。だから取りやすくなった」と読み切るのは、急ぎすぎだと思っています。数字が上向いた年にも、引き出しの前で券を出しては戻していた人は、きっといたはずです(と書きながら、では自分は堂々と申請できているのかと問われると、画面の前で少し黙りました。話を戻します)。
もしあなたが、ちょうどまん中の規模の会社で、今年も券を残したまま年度末を迎えそうなら。それは統計の上でも、4区分のうちいちばん低い区分で起きていることです。自分ひとりの要領の問題として抱え込む前に、あの表のへこみを、思い出してもらえたらと思うんです。
へこみの理由について、資料は沈黙しています。でも、へこみがそこにあることは、もう数字が語っています。
期限の切れていない券から
引き出しの奥の券は、期限が来るまでは、まだちゃんと券のままです。
もし今、誰かに話を聞いてほしいと感じたら。こっそりカフェの相談窓口や、お住まいの自治体・職場の相談窓口を頼ってみてください。ひとりで抱え込む必要はありません。




