ながら運転で信号を見落としてしまう理由
約3.4倍。
運転中に携帯電話等を使用していた場合、使用していない場合と比べて、死亡事故率はこれだけ高くなります。警察庁が令和7年中の統計として公表している数字です(警察庁「やめよう!運転中のスマートフォン・携帯電話等使用」)。
大きい数字に見えます。ただ、倍率というのは「何と比べているか」を確かめないと、大きさの正体が分かりません。まずそこから読んでいきます。
3.4倍という数字は、何と比べているのか
比べる相手は、飲酒運転でも居眠り運転でもなく、携帯電話等を使っていない、ふだんどおりの運転です。基準になっているのは、あくまでいつもの運転。携帯やスマホを使いながらの運転では、起きた事故が死亡事故に至る割合が、その基準の約3.4倍になる、という比較です。
事故そのものが3.4倍起きる、という意味ともまた違います。事故の「重さ」の話なんです。同じように事故を起こしても、画面に気を取られていた場合のほうが、人が亡くなる結末になりやすい。ブレーキが一拍遅れれば、ぶつかる速度がそのぶん高くなるのだから、重さに直結するのは想像がつきます。
信号待ちで、隣に並んだ車の運転席で画面が光っている。青に変わっても、その車だけ動かない。後ろからクラクションを鳴らされて、慌てて発進していく。
事故の9割は「前方不注意」でした
同じ統計には、もうひとつ数字があります。死亡・重傷事故の人的要因は、「前方不注意」が約9割を占めている、というものです。
前方不注意とは、要するに、進んでいく先を見ていなかったという要因のこと。ハンドル操作のミスでも、スピードの出しすぎでもなく、「前を見ていたかどうか」が、重い事故のほとんどを分けています。
そして携帯電話等を使用しているときの前方不注意は、使用していない場合の約3.4倍高い。さっきの死亡事故率と同じ倍率が、ここにも顔を出します。
ここまでを整理すると、こうなります。重い事故の約9割は「前を見ていないこと」から起きていて、携帯を使っている間は、その状態が約3.4倍起きやすくなる。3.4倍という数字の中身は、運転技術の低下というより、視線と意識が前から外れる時間そのものだった、と読めます。
2秒で33メートル、進んでしまう距離
結論を先に置きます。画面に落とした視線は、距離で数えたほうが実感に近いです。
時速60キロで走る車は、2秒間に約33.3メートル進みます。学校の25メートルプールを思い浮かべると、あれより長い。通知を1件ちらっと確かめる2秒のあいだに、車はプール1本分より長い道のりを、誰も前を見ないまま走り抜けています。
夕方の幹線道路を思い浮かべます。西日がフロントガラスに刺さって、信号の色がいちばん見分けにくくなる時間帯。あの光の中でスマホに目を落とす2秒と、33メートルという長さは、頭の中でうまくつながりません。2秒は「一瞬」の顔をしているのに、33メートルは明らかに一瞬の距離ではないからです。
目には映っているはずの33メートルが、意識の中では存在しない距離になる。この記事で言いたいことは、ほとんどこの一文に入っています。33メートル先の横断歩道。33メートル先の信号。33メートル先で光る、前の車のブレーキランプ。
令和3年から、増え続けている数字
携帯電話等使用による死亡・重傷事故は、令和7年中に148件発生しました。そして令和3年以降、増加傾向にあります。
なぜ増えているのか。その理由については、参照した警察庁の資料にも記載がありません。スマホの普及率や通知の増加など、思い当たる説明を並べたくなりますが、資料が示しているのは「増えている」という向きだけです。ここでは、その向きだけを受け取っておきます。
148件という実数のほうも見ておきたいところです。1年は365日なので、およそ2.5日に1件のペース。今日か明日にはどこかの道でまた1件、という間隔で、誰かが亡くなるか、重いけがを負っています。
取締りは、全体の4.5%でした
取り締まる側の数字もあります。警察は交通違反全体で年間約403万件の取締りを行っていて、そのうち運転中の携帯電話使用等は年間約18万件。割合にすると約4.5%です(令和7年中)。
18万件を365日で割ると、1日あたりおよそ490件。毎日500件近く、どこかで誰かが「ながら運転」で捕まっている計算になります。それでも、交差点で周りの車を眺めたときに見かける「画面をのぞき込む運転席」の多さを思うと、捕まっているのはごく一部なのだろう、という体感を持つ人もいます。
つまりこの4.5%は、取締りの実績の内訳です。網にかかった件数の外側に、数字に出てこない日常の「ながら」がどれだけ広がっているかは、この資料からは読めません。読めるのは、毎日490件でも追いつかないらしい、ということまでです。
気づかないうちに、注意はどこへ行くのか
ここまで数字を並べてきて、いちばん知りたいことが残っています。なぜ、目を開けて前を向いていても、画面に気を取られると信号が「見えなくなる」のか。その心理的な仕組みまでは、参照した資料の守備範囲の外にあります。分からない部分は、分からないまま置いておきます。
分かっているのは、前方不注意が重い事故の約9割を占めること。携帯使用中は、それが約3.4倍起きやすいこと。そして2秒が33メートルに化けること。仕組みの箱は開けられなくても、結果の数字はここまで開きました。
動画のほうでも、この話には別の角度から触れています。文字で数字を追うのとは違う入り方になると思うので、よければそちらもどうぞ。
信号は、今日も同じ場所で、同じ色で光っています。
意識の中の距離を、取り戻すために
目に見えている距離と、意識が測っている距離。この2つの差が33メートル分ひらいた瞬間に、信号は「見落とされた」ことになります。運転の話として始めましたが、たぶんこれは、運転席の外でも起きていることです。目の前にあるはずのものとの距離が、気づかないうちにひらいていて、はっと顔を上げたときには、もうずいぶん進んでいた。そんな感覚に心当たりのある人もいるかもしれません。
あなたの目の前の距離が、いま何メートルひらいているのか。それを一人で測りきれないときもあると思います。
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